水戸地方裁判所 昭和36年(レ)27号 判決 1962年11月19日
被控訴人 常磐相互銀行
事実
第一控訴人高柳誠次の請求原因および被控訴人の抗弁に対する控訴人の主張。
一、別紙目録(一)記載の建物は、控訴人の所有に属するものであるが、これにつき同目録(二)(三)の根抵当権設定登記、(四)の抵当権設定登記がされている。しかし、これらの登記は、控訴人の関知しないものであるから、その抹消登記手続を求める。
二、高柳曻が控訴人の女婿であることは認めるが、被控訴人主張のように、高柳曻に、控訴人を代理する権限を与え、控訴人の印章を常に所持させ、営業に関する一切の事項を委任し、本件建物の権利証を預けたことは否認する。控訴人が高柳曻にその営業に関する事実行為の一部について控訴人の名義の使用を許したことはあるが、下駄屋営業は控訴人のものではなく、高柳曻のものである。控訴人は営業に関して事実行為をさせるため、必要のつど高柳曻に印章を交付して使わせたにすぎない。また根抵当権、抵当権の設定を受けるというような重大な行為をしようとする者は、よろしく本人について代理権授与の事実の有無をたしかめるべきであるにかかわらず、本件について被控訴人はそのことをしなかつたのであるから、この点について被控訴人には過失があつたのであり、したがつて被控訴人主張の代理権ありと信ずべき正当な事由があつたとはいえない。
被控訴人の抗弁事実のうち、その余は知らない。
第二被控訴人株式会社常磐相互銀行の答弁および抗弁
一、本件建物が控訴人の所有に属し、これについて控訴人主張の各根抵当権および抵当権設定登記がされていることは認める。
二、被控訴人銀行は、昭和二三年一月一日、訴外高柳曻との間に、相互掛金契約にもとづく継続的支払承諾契約を締結したところ、控訴人は、昭和三二年一二月一四日、代理人高柳曻により、被控訴人銀行に対し、被控訴人銀行が右契約にもとづき高柳曻に対して取得する債権を担保するため、本件建物につき別紙目録(二)同旨の根抵当権を設定し、その登記をした。
三、さらに被控訴人銀行は、昭和三三年七月一二日、訴外高柳曻との間に、相互掛金契約にもとづく継続的給付契約、継続的貸付契約、継続的手形割引契約、継続的支払承諾契約を締結したところ、控訴人は、昭和三四年一二月一〇日、代理人高柳曻により、被控訴人銀行に対し、被控訴人銀行が右契約にもとづき高柳曻に対して取得する債権を担保するため、本件建物につき別紙目録(三)同旨の根抵当権を設定し、その登記をした。
四、かりに、高柳曻が右各根抵当権、抵当権設定行為をするにつき控訴人の代理権をもつていなかつたとしても、高柳曻は控訴人の女婿であつて、控訴人から常時その印章を預り、控訴人が水戸市新鳥見町において営む下駄屋の営業に関して一切の代理権を与えられていた。そして、被控訴人は、前記各根抵当権および抵当権の設定をうけるにあたり、高柳曻から、控訴人の実印および本件建物の権利証を示されたので、右各行為についても、高柳曻に控訴人を代理する権限ありと信じた。
右の事情のもとに右のように信ずるのはもつともなことであるから、右各根抵当権および抵当権設定行為は、控訴人に効力を及ぼしたのである。
五、かりに、控訴人が高柳曻に対し何ら代理権を与えなかつたとしても、控訴人は高柳曻に対し控訴人の実印および本件建物の権利証を交付して、取引に関する代理権を高柳曻に与えたかの如きもののように外部に表示した。被控訴人は、右各根抵当権、抵当権の設定を受けるにあたり、控訴人名義の下駄屋営業の事実上の経営者になつている高柳曻から、右の実印および権利証を示されたので、高柳曻が本件根抵当権等設定につき、控訴人の代理権をもつているものと信じた。
右の事情のもとに右のように信ずるのはもつともなことであるから、右各根抵当権、抵当権設定行為は、控訴人に効力を及ぼしたものである。
六、以上のとおりで、本件各根抵当権、抵当権は有効に成立し、本件各登記はそれぞれ実体関係を表示するものであるから、控訴人の本訴請求は理由がない。
理由
第一経過的事実
一、本件建物が控訴人の所有であること、これにつき別紙目録(二)、(三)、(四)、記載の各登記がされていることは、当事者間に争いがない。
二、(証拠)を合せ考えると、甲第二、三号証は別紙目録(二)の登記手続にあたり、甲第五、六号証は同(三)の登記手続にあたり、甲第八、九号証は同(四)の登記手続にあたり使用された控訴人の印鑑証明および控訴人名義の委任状であつて、甲第二号証、同第五号証、同第八号証の各印鑑証明は高柳曻がその氏名欄に控訴人の氏名を書いて水戸市役所から交付をうけたもの、また甲第三号証、同第六号証、同第九号証の控訴人名義の訴外関根武に対する各委任状も高柳曻が書いたものであることが認められる。
三、右一、二の事実と(証拠)とを合せ考えると、高柳曻は、昭和二三年一月一日、被控訴人銀行との間に、相互掛金契約にもとづく継続的給付契約、継続的貸付契約、継続的手形割引契約および継続的支払承諾契約を結び、なお利息日歩三銭五厘、遅延損害金日歩五銭と定め、ついで昭和三二年一二月二四日にいたり、控訴人の代理資格を用いて、右契約にもとづく被控訴人銀行の高柳曻に対する債権を担保するため、本件建物に元本極度額を八万円とする根抵当権を設定し、また昭和三三年七月一二日、被控訴人銀行との間に、相互掛金契約にもとづく継続的給付契約、継続的貸付契約、継続的手形割引契約および継続的支払承諾契約を結び、なお利息日歩三銭五厘、遅延損害金日歩五銭と定め、ついで昭和三四年一二月一〇日にいたり、控訴人の代理資格を用いて、右契約にもとづく被控訴人銀行の高柳曻に対する債権を担保するため、本件建物に元本極度額を金一二万円とする根抵当権を設定したことが認められる。
この認定に反する証拠はない。
第二、代理権の存否
被控訴人は、控訴人が高柳曻に対し前記根抵当権ならびに抵当権設定につき代理権を与えた旨主張する。
この点につき原審における控訴人尋問の結果によると、控訴人が高柳曻に控訴人の印章を渡しておいた事実は認められるが、その渡した目的は後記のように本件根抵当権、抵当権設定とは関係ないものであるから、右の印章を渡しておいた事実だけによつて右代理権授与の事実を認めることはできない。
また当審証人八木岡晃、同鈴木久の各証言の中には被控訴人の右主張にそうもののようにみえる部分もあるが、これは原審および当審における控訴人本人尋問の結果と対比して、信用することができない。他に被控訴人主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。
第三表見代理の成否
一、よつて進んで被控訴人主張の表見代理の成否につき判断する。
(証拠)を合せ考えると、つぎの事実が認められる。
控訴人は、大正一四年から水戸市泉町において東屋という屋号で下駄屋を営んできたが、昭和一八年中その娘訴外高柳喜美子に高柳曻をむことして迎えてからは、曻にも、その応召中の期間を除き右営業を手伝わせていた。その後昭和二九年七月ころ、曻は水戸市新鳥見町に店舗を新築してみずから下駄屋を開業したが、これとともに控訴人はその経営に属する泉町の店を引き払つて同市元山町に隠居した。しかし、控訴人は旧来の得意先、取引先についての控訴人の信用を曻に利用させるため、東屋の商号を曻に使用させるとともに、控訴人名義で従来の得意先との取引を継続させ、その営業資金も、控訴人名義で国民金融公庫から借り受けてやり、曻も、控訴人の意をうけて、問屋等との取引につき控訴人の信用を利用するため単に「高柳」という姓のみを表示し、控訴人の取引の継続であるかのような形をつくつて営業し、また従来控訴人がその名義で加入していた泉町商店会関係の取引も控訴人名義のままで継続し、昭和三一年ころには、控訴人名義で国鉄指定店となつて指定店としての取引をも開始し、事業税も控訴人名義で申告していた。そして、控訴人は、昭和三一年頃から、右のような控訴人名義でする通常の取引一切に使用させるためその印章を曻に交付しておき、曻はこのような取引について日常これを使用していた。
このように認められる。当審証人高柳喜美子、同高柳千代の各証言ならびに当審における控訴人本人の供述のうち、右認定に反する部分は、さきにあげた各証拠に照して、信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
以上認定のとおりであるから、控訴人と曻との間に右下駄屋営業に関し真実の代理関係のなかつたことは明らかである。しかし、前認定のとおり、控訴人がその商号ならびに名義の使用を曻に許したうえ、その印章をも同人に交付して使用させていたことにより、控訴人は、前記新鳥見町の東屋の営業主体は控訴人であり、曻はその営業上の代理人であるという外観をつくり出していたとみるのが相当であり、このような場合には、控訴人としては、右下駄屋営業における通常の取引につき曻に代理権を与えた旨を取引社会一般に対して表示したものとして、曻が右下駄屋営業の通常の取引に関して控訴人の代理人としてした行為についてその責に任ずべきものであり、曻の代理行為が通常の取引の範囲を越える場合においても、民法第一一〇条の要件のもとにその責に任じなければならない、といわねばならない。
二、ところで、本件根抵当権等の設定行為が右通常の取引の範囲に属しないことは明らかであるから、さらに進んで、右根抵当権等を設定するにつき曻が控訴人の代理権をもつているものと信ずべき正当な事由があつたか否かを判断しなければならない。
さきに認定した控訴人が高柳曻に実印を渡していた事実と、甲第一、二号証と、当審証人八木岡晃の証言とを合せ考えると、高柳曻は、昭和三二年一二月ころ被控訴人銀行に対して本件根抵当権の設定を申込んだ際、控訴人の実印、印鑑証明書、本件の建物の権利証を示して曻が控訴人の代理人である旨述べたこと、被控訴人銀行の調査係をしていた八木岡晃は、当時、本件建物所在地におもむき、控訴人の妻高柳千代に対し、抵当権の設定を受けるにつき目的物件を見に来たと告げて、物件の調査を行つたが、これについて何ら異議の申出を受けなかつたことが認められ、この認定に反する当審証人高柳千代の証言、当審における控訴人本人の供述は、さきにあげた証拠に照して、信用することができない。
また、曻のやつていた下駄屋営業は控訴人の名義になつていたことはさきに認定したとおりであり、曻が控訴人の女婿であることは当事者間に争いがない。
以上の諸事情があつたのであるから、被控訴人銀行が、高柳曻が右根抵当権設定につき控訴人を代理する権限をもつていると信じるのはもつともなことであるといわなければならない。そして、以上の諸事情のもとにあつては、かりに、控訴人主張のように、控訴人本人について代理権授与の事実の有無をたしかめることをしなかつたところで、これをもつて被控訴人銀行に過失があつたとすることはできない、と考えるのが相当であることは本件第二番目の根抵当権の設定についてもほぼ同じである。
すなわち、さきに認定した控訴人が高柳曻に実印を渡していた事実と、甲第四、五号証と、当審証人関俊郎の証言とを合せ考えると、高柳曻は、昭和三四年一二月ころ、被控訴人銀行に対して本件根抵当権の設定を申込んだ際、控訴人の実印、印鑑証明書、本件建物の権利証を示して、曻が控訴人の代理人である旨告げたこと、被控訴人銀行の調査係をしていた関俊郎は、そのころ、本件建物の所在地におもむき、控訴人の妻高柳千代に会つて建物の現況調査を行つたが、その際何ら異議の申出をうけなかつたことが認められ、この認定に反する当審証人高柳千代、同高柳喜美子の各証言、当審における控訴人本人の供述は採用することができない。曻が控訴人の女婿であることは前記のとおりである。これらの事情のもとでは、被控訴人銀行が、高柳曻が右根抵当権設定につき控訴人を代理する権限をもつていると信じるのはもつともであるとみるのが相当であり、控訴人主張のように、控訴人本人に代理権授与の事実の有無をたしかめなかつたところで被控訴人銀行に過失があつたとすることができぬことも、さきに説明したとおりである。
以上の次第であるから、控訴人は、高柳曻が控訴人の代理資格を用いて右二回にわたつてした根抵当権設定行為につき、その本人としての責を負うべきであり、したがつて別紙目録(二)、(三)の登記はいずれも実体関係を表示するものといわねばならない。
第四結び
以上説示したとおりで、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は結局正当である。よつて、民事訴訟法第三八四条第二項に則つて本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。